保全の話

設備診断技術の全体像──振動・音響・温度・油圧・電流を使い分ける

Thu Feb 19

設備診断技術の全体像──振動・音響・温度・油圧・電流を使い分ける

はじめに

「設備の状態を知りたいけど、どんな診断方法があるんだろう?」

予知保全を導入しようとすると、振動測定、超音波診断、サーモグラフィ、油圧監視…といった様々な診断技術の名前が出てきます。しかし、どの技術がどんな故障に有効なのか、どう使い分ければいいのか、迷うことも多いのではないでしょうか。

実は、診断技術にはそれぞれ測定する物理量が異なり、得意な故障モードと苦手な故障モードがあります。適切な手法を選ばないと、異常を見逃してしまうこともあります。

この記事は、予知保全の導入を検討している保全担当者・マネージャーの方に向けて書かれています。

💡 この記事で得られること

  • 振動・音響・温度・油圧・電流の5つの診断技術の測定原理と特徴の理解
  • 設備タイプ・故障モード別の診断手法選定ガイド
  • 複数手法を組み合わせた診断精度向上の実践方法

1. なぜ複数の診断技術が必要なのか

1.1 「万能な診断技術」は存在しない

人間の健康診断を想像してみてください。血液検査だけでは骨折は見つかりません。レントゲンだけでは血糖値の異常はわかりません。それぞれの検査には得意分野があります。

設備診断も同じです。各診断技術は測定する物理量が異なるため、検出できる異常も異なります。

診断技術測定物理量得意な故障苦手な故障
振動診断加速度・速度・変位ベアリング劣化、アンバランス腐食、電気系統の絶縁劣化
音響診断超音波(20-100 kHz)漏れ、放電、軸受異常緩やかな劣化、内部腐食
温度診断表面温度(赤外線)過熱、電気接触不良機械的摩耗、内部劣化
油圧診断油圧(MPa)油圧低下、ポンプ劣化電気系統、構造劣化
電流診断駆動電流(A)電動機の電気的故障配管、非電動設備

1.2 診断技術の選択を誤ると起こること

ある工場では、回転機械の予知保全として振動測定を導入しました。月1回、すべてのポンプとモーターに振動計を当てて測定しています。

しかし、ある日突然、電動機が焼損して停止しました。振動測定では異常が検出されていなかったのです。

原因は「固定子巻線の絶縁劣化」でした。電気的な故障は機械振動として現れにくく、振動測定だけでは発見できなかったのです。もし電流測定や温度診断(サーモグラフィ)を併用していれば、温度上昇や電流バランスの異常として事前に検知できた可能性があります。

1.3 複数手法の組み合わせによる「診断の網」

理想的な予知保全は、複数の診断技術を組み合わせて「診断の網」を張ることです。

  • 振動診断: 機械的な動的異常(ベアリング、回転体、継手緩み)をキャッチ
  • 音響診断: 流体漏れ・放電などの音響異常をキャッチ
  • 温度診断: 過熱・熱的異常をキャッチ
  • 油圧診断: 油圧システムの圧力異常をキャッチ
  • 電流診断: 電動機の電気的異常をキャッチ

2. 5つの診断技術の原理と特徴

2.1 振動診断(Vibration Analysis)

設備に加速度センサー(圧電式など)を取り付け、振動の大きさと周波数を測定します。振動波形をFFT(高速フーリエ変換)で周波数分析することで、故障の種類と場所を特定します。

項目内容
測定対象回転機械(ポンプ、モーター、ファン、圧縮機)、配管、構造物
検出可能な故障ベアリング劣化、アンバランス、ミスアライメント、緩み、配管の継手異常
コスト低〜高(ハンディ型5万円〜、常設型50万円〜/点)
専門性中〜高(FFT解析のスキル必要)

回転機械への適用

  • ベアリング劣化: 転動体と軌道面の接触で特定周波数の振動が発生。外輪・内輪・転動体のどこが劣化しているかまで特定できます。
  • アンバランス: 回転体の質量分布が不均一な状態で、回転数の1倍周波数(1×RPM)に大きなピークが現れます。
  • ミスアライメント: 軸の芯ずれで、回転数の2倍周波数(2×RPM)が顕著になります。

配管系統への適用

配管振動の発生源(内部流体の乱流、ポンプ・圧縮機からの脈動伝播、ウォーターハンマー)の診断に有効です。ただし、配管振動は回転機械より振動レベルが小さく(0.1-1 mm/s程度)、測定難易度は高めです。

適用の注意点: 静的な劣化(腐食、亀裂)や電気的故障は検出困難です。低速回転(100 rpm以下)の設備では振動が小さすぎて測定が困難です。

2.2 音響診断(超音波診断: Ultrasonic Testing)

超音波センサーで、人間の耳には聞こえない高周波音(20 kHz〜100 kHz)を検出します。

項目内容
測定対象配管、バルブ、電気設備、ベアリング
検出可能な故障エア漏れ、蒸気漏れ、真空漏れ、放電、摩擦音
コスト中(20万円〜50万円)
専門性低〜中(直感的に使える)

エア漏れ診断の事例

圧縮エア配管の直径1 mmのピンホールを例に計算してみましょう。

  • 圧力: 0.7 MPa、漏れ量: 約0.2 m³/min
  • 年間稼働: 6,000時間、電力原単位: 0.15 kWh/m³
  • 年間エネルギー損失: 0.2 × 60 × 6,000 × 0.15 = 10,800 kWh
  • 電気代25円/kWhとして年間27万円の損失

超音波探知器(30万円)で20箇所の漏れを発見・修理すれば、年間数百万円のコスト削減が可能です。

適用の注意点: 環境ノイズの影響を受けやすく、騒音の大きい現場では精度が下がります。密閉容器内部の異常は検出できません。

2.3 温度診断(赤外線サーモグラフィ: Thermography)

赤外線カメラで設備の表面温度分布を可視化します。

項目内容
測定対象電気設備、配管、断熱材、モーター、構造物
検出可能な故障過熱、接触不良、断熱劣化、負荷不均衡
コスト中〜高(簡易型30万円〜、高性能200万円〜)
専門性中(温度パターンの読解スキル)

電気接触不良の検出

配電盤のブレーカー端子が緩んでいると、接触抵抗が増加し発熱します。放置すると最終的に端子溶断→工場全停電になりますが、サーモグラフィで定期点検すれば初期段階(温度+15℃程度)で発見でき、締め直すだけで済みます。

断熱材劣化の診断

140℃の蒸気配管は正常時40℃程度ですが、断熱材が劣化した箇所は70℃を超えます。配管全体を撮影するだけで劣化箇所が「ホットスポット」として浮かび上がります。

適用の注意点: 表面温度しか測定できないため、内部の異常は検出困難です。太陽光の影響を受けるため、早朝や曇天時の測定が推奨されます。

2.4 油圧診断(Hydraulic Pressure Monitoring)

圧力センサーを油圧回路に取り付け、油圧を連続または定期的に測定します。

項目内容
測定対象油圧ポンプ、油圧シリンダー、油圧モーター、バルブ
検出可能な故障ポンプ磨耗、内部漏れ、バルブ固着、配管漏れ
コスト低〜中(圧力計5万円〜、データロガー付き30万円〜)
専門性低〜中(圧力値の判定は比較的容易)

油圧ポンプの正常時吐出圧力15 MPaが、摩耗により13 MPa(約13%低下)まで下がれば重度摩耗のサインです。圧力センサーで連続監視することで、オーバーホール時期を事前に予測できます。

適用の注意点: 油圧システム専用で、電動機や回転機械の機械的故障は検出できません。

2.5 電流診断(Motor Current Signature Analysis: MCSA)

電動機の駆動電流をクランプ式電流センサーで測定し、電流波形を周波数分析します。

項目内容
測定対象電動機(誘導電動機、同期電動機)
検出可能な故障巻線短絡、ローターバー破損、偏心、負荷異常
コスト中〜高(クランプ式10万円〜、常設型100万円〜)
専門性高(電気工学の知識必要)

ローターバーが破損すると、電源周波数の周辺に「50 Hz ± 2×すべり周波数」のサイドバンドが現れます。例えば電源50 Hz、すべり1 Hzなら、48 Hzと52 Hzに異常ピークが出ます。

適用の注意点: 電動機専用で、他の機械には適用できません。インバーター駆動の電動機は高調波ノイズで解析が困難になることがあります。

3. 設備タイプ別の診断技術適用マトリクス

設備タイプ振動音響温度油圧電流推奨組み合わせ
ポンプ(機械式)⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐-⭐⭐振動+温度
油圧ポンプ⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐油圧+振動
モーター⭐⭐⭐⭐⭐⭐-⭐⭐⭐振動+電流+温度
圧縮機⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐-⭐⭐振動+音響
ファン⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐-⭐⭐振動+音響
配管系統⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐--音響+温度+振動
電気設備-⭐⭐⭐⭐⭐--温度+音響
油圧システム⭐⭐⭐⭐⭐-油圧+温度

(⭐⭐⭐: 最適、⭐⭐: 有効、⭐: 限定的、-: 不適)

4. 故障モード別の診断技術選定

故障モード振動音響温度油圧電流最適手法
ベアリング劣化⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐--振動
アンバランス⭐⭐⭐---振動
ミスアライメント⭐⭐⭐---振動
漏れ(気体)-⭐⭐⭐---音響
漏れ(液体)-⭐⭐⭐⭐⭐⭐-音響+温度+油圧
過熱--⭐⭐⭐-温度
電気接触不良--⭐⭐⭐--温度
巻線短絡--⭐⭐-⭐⭐⭐電流
ローターバー破損---⭐⭐⭐電流
ポンプ磨耗-⭐⭐⭐-油圧
腐食----超音波厚さ計・目視

診断技術が苦手な故障モード(腐食、疲労亀裂、内部異物)については、超音波厚さ計・磁粉探傷・内視鏡などの別手法が有効です。

5. 複数手法の組み合わせ戦略

重要度に応じた診断レベル設定

重要度診断レベル手法の組み合わせ頻度
A(最重要)レベル3振動+音響+温度+油圧+電流月1回+連続監視
B(重要)レベル2振動+温度 or 振動+音響3ヶ月ごと
C(一般)レベル1振動 or 音響半年〜年1回

2段階診断アプローチ

  • ステップ1: 月1回の簡易診断(振動、音響)で異常をスクリーニング
  • ステップ2: 異常が検出されたら詳細診断(温度、油圧、電流)で原因を特定

この方法によりコストを抑えながら確実な診断ができます。

6. 導入時のコストと優先順位

診断技術初期投資ROI期間目安
振動診断(ハンディ)5-30万円短(1年未満)
音響診断20-50万円短(1年未満)
温度診断30-200万円中(1-2年)
油圧診断5-30万円短(1年未満)
電流診断10-100万円中(2-3年)

推奨導入順序

  • Phase 1(予算50万円): 振動診断(ハンディ型20万円)+音響診断(30万円)→最頻故障の大部分をカバー
  • Phase 2(予算100万円): 温度診断(50万円)+油圧診断(50万円)
  • Phase 3(予算200万円〜): 常設振動センサー(重要設備)+電流診断

Phase 1の投資(50万円)による年間削減効果試算では、突発故障1回500万円・年間故障確率20%の設備で約43万円/年の削減効果が期待でき、約1年2ヶ月で回収できます。

7. よくある誤解と注意点

  • 高価な診断機器ほど優れている → 設備と故障モードに合った技術が最適。100万円のサーモグラフィより20万円の振動計の方が回転機械には有効なことも。
  • 1つの診断技術で全ての故障を検出できる → 各技術は測定する物理量が異なるため、重要設備には複数手法の組み合わせが必須。
  • 診断機器を導入すれば自動的に故障を防げる → データを正しく解釈し、適切に対応する体制とスキルが必要。
  • 全設備に同じレベルの診断を行う → 設備の重要度に応じてメリハリをつけることがコスト効率の良い保全につながる。

まとめ

設備診断技術には、それぞれ測定する物理量と得意な故障モードがあります。単一の技術に頼るのではなく、設備タイプと故障リスクに応じて複数の手法を組み合わせることで、確実な予知保全が実現できます。

📌 この記事のポイント3つ

  1. 振動・音響・温度・油圧・電流の5つの診断技術は、測定する物理量が異なり、それぞれ得意な故障モードが異なる
  2. 設備タイプと故障モードに応じて適切な診断手法を選定し、複数手法を組み合わせることで診断の死角をなくす
  3. 故障確率を考慮した期待損失で投資効果を計算し、重要度に応じた診断レベル設定により限られた予算で最大の効果を得る

💡 明日から現場でできること

  • 重要設備10台をリストアップし、現在使っている診断技術を確認する
  • 各設備で検出したい故障モードを明確にし、適切な診断技術を選定する
  • Phase 1として振動診断と音響診断の導入を検討し、故障確率を考慮したROI試算を作成する
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