保全の話

設備保全の70年史——なぜ賢くなるほど中小企業に届かないのか

Tue Jul 07

設備保全の70年史——なぜ賢くなるほど中小企業に届かないのか

事後保全からTBM、CBM(予知保全)、そしてRCMやPAM/IoTへ——保全技術は70年かけて格段に賢くなってきました。しかしデータを見ると、賢くなるほど中小製造業には届いていないという皮肉な現実が浮かび上がります。その理由をたどり、無理なく一段上がるための考え方を整理します。


保全技術の70年史をひとことで言うと? 事後保全(BM)→予防保全(TBM)→予知保全(CBM)→RCM/PAM・IoTと、保全は「壊れてから直す」から「壊れる前に賢く先回りする」へと進化してきました。しかし進化するほど要求される専門性も高くなり、その壁が中小製造業への普及を阻んでいます。


はじめに

「予知保全」「IoT」「AI」という言葉を目にする機会が増えました。しかし実際の現場では、いまだに「壊れてから直す」「決まった周期で交換する」という運用が主流ではないでしょうか。

実は、この感覚は間違っていません。CBM(予知保全)が登場したのは1980年代——すでに40年以上が経過していますが、後述するデータの通り、いまも大手企業・重要な回転機械に偏って普及しており、中小製造業や配管・静機器にはほとんど届いていないのが実態です。

なぜ、これほど時間が経っても普及が進まないのでしょうか。本記事では、保全技術がどう進化してきたかを振り返りながら、「登場」と「普及」の間にある落差をデータで確認し、その理由——多くの人が思っている「コストの壁」ではなく「専門性の壁」——を明らかにします。

この記事は、中小製造業の保全担当者・工場長、自社の保全レベルを見直したい方に向けて書かれています。

💡 この記事で得られること

  • 保全技術がどう進化してきたか(事後保全→TBM→CBM→RCM/PAM)の全体像
  • 「登場」と「普及」の間にある大きなギャップをデータで確認
  • 賢い保全が中小企業に届かない本当の理由(資金ではなく専門性)
  • 自社がどの段階にいるかを診断し、無理なく次の一歩を踏み出す方法

1. 保全の歴史を年表で振り返る

まず、保全の考え方がどういう順番で登場してきたかを一覧にします。

手法登場時期考え方
事後保全(BM)〜1950年代壊れてから直す
予防保全(TBM)1950年代決めた周期で先回りする
TPM(全員参加の保全)1971年現場全員で保全レベルを底上げする
CBM(予知保全)1980年代状態を測り、兆候が出たら対応する
RCM(信頼性中心保全)1978年故障モードから保全方式を割り当てる
RBM/RBI(リスクベース保全)1990年代リスクの大きさで保全の優先度を決める
PAM/IoT・AI予知保全1990年代〜2010年代センサーで常時監視し、故障を予測する

こうして並べると、保全技術は右肩上がりに「賢く」なってきたように見えます。しかし、この年表が示しているのはあくまで登場時期です。次の章から、実際に現場でどこまで使われているか——普及の実態を見ていきます。


2. 事後保全からTBMへ——「壊れてから直す」の限界

保全の出発点は事後保全(BM:Breakdown Maintenance)でした。壊れたら直す、というシンプルな考え方です。しかし工場の設備が複雑化し、1つの設備停止がライン全体、さらには納期や取引先にまで影響するようになると、「壊れてから直す」では被害が大きくなりすぎるという問題が顕在化しました。突発停止による二次被害——たとえば1台のポンプ故障が原因で、周辺設備にまで負荷がかかり連鎖的にトラブルが広がる、といったケースです。

この課題を乗り越えるために登場したのが、TBM(予防保全)です。「決めた周期で先回りして交換・点検する」という発想への転換で、計画が立てやすく、現場に定着しやすいという強みがありました(TBMの詳しい特徴は事後保全/予防保全/予知保全とは?で解説しています)。

ただし、TBMにも新たな課題が生まれました。過剰保全(まだ使える部品を規定周期で交換してしまう無駄)と、区間内故障(決めた周期の途中で、想定外に劣化が進んで故障してしまう)です。「時間」という基準だけでは、設備ごとの実際の劣化スピードのばらつきに対応しきれなかったのです。


3. TBMからCBM(予知保全)へ——状態を測って適時に対応する

TBMの課題を乗り越えるために登場したのが、CBM(予知保全)です。振動・温度・油分析などのデータで設備の「今の状態」を継続的に把握し、劣化の兆候が出たタイミングで対応する——という考え方です(TBMとCBMの使い分けはCBMとは?TBM(定期保全)との違いと現場での使い分け方で詳しく解説しています)。

CBMが登場したのは1980年代。しかし、ここで重要な事実があります。登場から40年以上が経過した今も、CBMは大手企業・重要な回転機械に偏って普及しており、中小製造業や配管・静機器にはほとんど届いていません。

なぜ届かないのか。CBMを実践するには、センサーなどの計測手段、データを読み取る専門知識、そして「どの数値になったら対応するか」を判断する経験が必要です。これらを揃えるコストと専門性の高さが、新たな壁として立ちはだかったのです。


4. データで見る「登場と普及」のギャップ

「CBMは大手中心で、中小企業には広がっていない」——これは印象論ではなく、実際の調査データでも裏付けられています。

グローバル調査(Fluke/Censuswide、2026年5月、米英独の製造業600名対象。食品・石油ガス・製薬・自動車など)

保全方式割合前年からの変化
事後保全36%前年からほぼ横ばい
予防保全(proactive)45%前年55%から減少
予知保全18%前年9%からほぼ倍増

予知保全の採用は前年から倍増しているものの、依然として全体の2割にとどまっています。逆に言えば、先進国の製造業でも事後保全が今なお4割近く残っているということです。「予知保全は当たり前になった」というイメージとは、かなりの開きがあります。

国内データ(八千代ソリューションズ調査、2024年12月、n=500)

  • 保全担当者が10人未満の工場では、50歳以上が81.2%(大企業は30.9%)——中小製造業ほど保全人材の高齢化が進んでいる
  • 予知保全を投資優先度Top3に挙げた割合:部長層56.2% vs 社長層22.9%——現場に近い層ほど必要性を感じているが、経営判断としての優先度はまだ低い

※上記2つの調査はいずれもベンダー(計測器・ソリューション提供企業)による委託調査です。方向性の裏付けとしては十分ですが、中立的な学術データではない点に留意してください。


5. 普及を阻むのは資金ではなく「専門性の壁」

「予知保全が広がらないのは、センサーやシステムの導入コストが高いからだろう」——多くの人がそう考えます。しかし、先ほどのFluke調査では、導入障壁の内訳についても調べており、意外な結果が出ています。

予知保全導入の障壁(Fluke調査)

障壁の内容割合
専門知識の不足23%
知識不足(全般)18%
熟練工の不足19%
労働力のスキル不足17%
スキル関連の合計約78%

導入障壁のおよそ78%が、何らかの形で「スキル・専門性の不足」に関連しています。つまり、予知保全が広がらない最大の理由は資金ではなく専門性なのです。センサーや測定器を買う予算があっても、それを使いこなし、データを解釈できる人材がいなければ、CBMは現場に根付きません。


6. RCM・RBM・PAM/IoTという上位概念

CBMのさらに先には、より高度な保全マネジメント手法が存在します。

  • RCM(信頼性中心保全):故障モード(どう壊れるか)を分析し、設備ごとに最適な保全方式を割り当てる方法論。航空・原子力・一部プラントで実践されていますが、フル実装には専門的な分析工数が必要です
  • RBM/RBI(リスクベース保全):故障の「リスクの大きさ」で保全の優先順位を決める考え方。石油化学・製油所業界(API規格)では標準的ですが、他業界ではニッチな存在にとどまります
  • PAM/IoT・AI予知保全:センサーで常時監視し、AIで故障を予測する仕組み。大手企業でパイロット導入が進んでいる段階で、投資対効果の実証はこれからという位置づけです

ここまでの流れを俯瞰すると、1つの法則が見えてきます。

出発点:突発停止・二次被害 → TBMで時間的に先回り → 新たな課題:過剰保全・区間内故障 → CBMで状態を測って適時対応 → 新たな課題:センサー・専門家のコストの高さ → RCM/RBMで故障モード・リスクから配分 → 新たな課題:分析工数の重さ → PAM/IoT・AIで常時監視・予測 → 新たな課題:基盤投資・データ人材が中小に届かない

保全は賢くなるほど「測定・データ・専門性」を要求し、それが専門性の壁となって現場に届かなくなる——これが70年の保全史を貫く法則です。


7. あなたの現場はどの段階か——自己診断

ここまで読んで、「自分の現場はどの段階にいるのか」を考えた方も多いのではないでしょうか。次の表で、現状の症状から今いる位置と次の一歩を確認してみてください。

現場の症状今いる位置次の一歩
壊れてから呼ばれることが多い事後保全(BM)まず測って記録することから始める(TBM/CBMへの入口)
定期点検はしているが、判断は勘に頼っている予防保全(TBM)状態を数値化し、過剰保全・不足がないか見直す
振動測定はしているが、専門家に任せきりCBM初期現場担当者自身が測れる手段を導入し、対象設備を広げる
重要な回転機械はIoTで監視しているが、配管や中小拠点は手薄CBM偏在低コストな計測手段で、手薄になっている場所を底上げする

重要なのは、目指すべきゴールが「いきなり最先端のAI予知保全に飛びつくこと」ではないという点です。望ましい方向は、それぞれの現場が「自分の一段上」に無理なく上がることです。


8. SOMPIPEが崩すのは「専門性の壁」

ここまで見てきた通り、保全技術の普及を阻んでいるのは資金ではなく専門性の壁でした。ではその壁を、どう崩せばよいのでしょうか。

SOMPIPEは、スマートフォンのセンサーで配管の振動を計測し、業界標準のSwRI基準に基づいてその場で自動判定するアプリです。「専門家でなければ振動データを解釈できない」という前提そのものを変えることで、CBM普及の最大の障壁だったスキル不足に、正面から対応します。

これは「導入コストを下げる」という話ではありません。専門性そのものを民主化するという話です。センサーを安くする、システムを簡素化する、という方向とは別に、「専門知識がなくても正しく判断できる」状態を作ることで、事後保全やTBMにとどまっている現場でも、無理なく一段上のCBMへ踏み出せるようにする——それがSOMPIPEの狙いです。


まとめ

事後保全からTBM、CBM、RCM、PAM/IoTへと、保全技術は70年かけて進化してきました。しかしその「登場」のスピードに対して、「普及」は驚くほどゆっくりです。先進国の製造業でも事後保全が4割近く残り、予知保全はいまだ2割程度。その最大の理由は資金ではなく、専門性の壁でした。

大切なのは、全員が最先端のAI予知保全を目指すことではありません。自分の現場が今どの段階にいるかを認識し、無理なく一段上に上がることです。SOMPIPEのような「専門知識がなくても判断できる」ツールは、その一段を後押しするための選択肢のひとつです。

📌 この記事のポイント3つ

  1. 保全技術は事後保全→TBM→CBM→RCM/PAM/IoTへと70年かけて進化してきたが、「登場」と「普及」には大きな落差がある
  2. 予知保全が広がらない最大の理由は資金ではなく「専門性の壁」(導入障壁の約78%がスキル関連)
  3. 目指すべきは最先端AIへの飛躍ではなく、自分の現場が無理なく一段上に上がること

💡 明日から現場でできること

  • 自社の保全が「症状→今いる位置」の表のどこに当てはまるか確認してみる
  • 今の保全方式で「専門知識が理由でできていないこと」がないか棚卸しする
  • 最も影響の大きい設備を1台選び、専門家に頼らず測定できる方法を試してみる
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