回転機械(モーター・ポンプ・ファン・コンプレッサーなど)の振動をどう評価するか——その国際的な基準が ISO 20816 シリーズだ。「ISO 20816」という言葉は目にするが、何条が何の機械を対象にするのか、どう読んで現場で使うのかが分からないという声は多い。本記事では、この規格の成り立ちから全 Part の構成、評価ゾーン(A/B/C/D)の読み方、そして現場での活用まで、ひとつながりで整理する。
はじめに
工場のポンプやモーターに振動計を当てたとき、「この値は大丈夫なのか?」と判断に迷ったことはないでしょうか。
数値を読むには「比較基準」が必要です。ISO 20816 は、その基準を国際的に統一した規格集です。振動の大きさを A・B・C・D の4段階で評価し、「継続運転できる」「早めに対処が必要」「停止を検討すべき」といった判断を客観的に下せるように設計されています。
この記事は、回転機械の振動診断に取り組む現場担当者や、振動の規格・基準についての基礎知識を固めたい方に向けて書かれています。
💡 この記事で得られること
- ISO 20816 がどんな経緯で生まれたかの背景
- 全 Part の対象機械と構成の全体像
- 評価ゾーン(A/B/C/D)の意味と具体的な数値
- SwRI との使い分けの考え方
- 現場での記録・活用のポイント
1. この規格はどこから来たか──成り立ちの歴史
ISO 20816 はある日突然生まれた規格ではありません。約 80 年にわたる積み重ねの結果です。
出発点は保険会社の経験則(1939年)
最初のきっかけは意外な場所にありました。米国の Hartford Steam Boiler 社の技術者 T.C. Rathbone が、機械の損傷に関する保険請求データを分析し、「この振動レベルを超えると機械が壊れやすい」という経験則をチャートとしてまとめたのが 1939 年のことです。規格ではなく実務家の観察から生まれた「Rathbone チャート」は、後の振動評価基準の原型になります。
ドイツが体系化した(1964年:VDI 2056)
1964 年、ドイツ工業会(VDI)が VDI 2056 を正式に発行しました。当時のドイツは精密工業・重工業の中心地であり、回転機械の振動問題に最も真剣に向き合っていた国のひとつでした。この規格は振動の「厳しさ等級」を段階分けして定義し、欧州を中心に広く普及します。
戦後の高度経済成長期に工場の設備規模が急拡大し、回転機械の台数が増えるにつれて振動トラブルも増加していました。「どの程度の振動が危険か」という客観基準の必要性が、製造業全体で高まっていた時代です。
国際標準へ(1974年:ISO 2372)
VDI 2056 の考え方を国際標準に昇格させたのが ISO 2372(1974年)です。国ごとに異なる基準(ドイツは VDI、英国は BS 4675 など)が貿易・技術協力の障壁になり始めていたため、ISO による統一が求められました。
FFT アナライザの登場(1980年代)
1980 年代に FFT(高速フーリエ変換)アナライザ が現場で実用的になったことは、振動診断の世界を大きく変えました。それまで「振動の大きさ」しか測れなかったのが、「どの周波数の振動がどれだけ強いか」を可視化できるようになったのです。客観的なデータで機械状態を評価できるようになり、標準化のニーズはさらに高まりました。
統一国際規格へ(1995年:ISO 10816)
1995 年に ISO 10816-1 が発行され、ISO 2372 の後継として筐体振動の統一国際規格が確立されます。同時期に、回転する軸の振動を評価する ISO 7919 シリーズも整備されました。2 つの規格は長年並行して使われましたが、「筐体振動と軸振動を別々の規格で管理する複雑さ」という課題が残りました。
現行の ISO 20816(2016年〜)
2016 年から発行が始まった ISO 20816 は、ISO 10816(筐体振動)と ISO 7919(軸振動)を一つの規格体系に統合したものです。産業機械の高速化・多様化に対応して評価ゾーンの境界値が更新され、より多くの設備種別をカバーする現行規格となっています。
規格の系譜(まとめ):
| 年 | 規格 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1939 | Rathbone チャート | 保険データから生まれた経験則 |
| 1964 | VDI 2056 | ドイツが振動評価を体系化 |
| 1974 | ISO 2372 | 初の国際振動標準 |
| 1980年代 | — | FFT アナライザ普及 |
| 1995 | ISO 10816 | 筐体振動の統一規格 |
| 2016〜 | ISO 20816 | 筐体振動+軸振動を統合した現行規格 |
2. ISO 20816 は何のためにある
ISO 20816 は「回転機械の健康診断基準」を定めた規格集です。
機械の振動を測定し、その大きさを評価して「このまま運転してよいか」「早急に対処すべきか」を判断するための共通ルールを定めています。
規格がなければ、現場担当者は「感覚」に頼らざるを得ません。ISO 20816 があることで:
- 測定値に客観的な判断基準が与えられる
- 「振動が大きい気がする」を「Zone C に入っている」という共通言語で伝えられる
- メーカー・点検会社・社内で基準を統一できる
規格は義務ではありませんが、国際的に広く参照されており、設備診断のレポートや受け入れ試験で標準的に使われています。
3. 規格の構成:全 Part の全体像
ISO 20816 はシリーズ規格で、対象とする機械ごとに Part(部)が分かれています。
| Part | 対象機械 | 定格出力・条件 |
|---|---|---|
| Part 1 | 全般(基本指針) | ─ |
| Part 2 | 大型蒸気タービン・ガスタービン・発電機 | >40 MW、1500/1800/3000/3600 rpm |
| Part 3 | 一般産業機械(モーター・ポンプ・ファン・圧縮機など) | >15 kW、120〜30,000 rpm |
| Part 4 | 産業用ガスタービンセット | >3 MW |
| Part 5 | 水力発電機・揚水発電 | 60〜1000 rpm |
| Part 6 | 往復動機械(ガスエンジンなど) | >100 kW ※ISO 10816-6 適用 |
| Part 7 | ターボポンプ(プロセスポンプ) | ─ ※ISO 10816-7 適用 |
| Part 8 | 往復動圧縮機(レシプロ) | 120〜1800 rpm |
| Part 9 | ギアユニット | 計画中 |
| Part 21 | 水平軸風力タービン | ─ ※ISO 10816-21 適用 |
現場で最もよく使うのは Part 3。工場にある一般的なモーター・ポンプ・ファン・コンプレッサー(15 kW 以上)はほぼここに当てはまります。
Part 1(基本指針)の役割
Part 1 は具体的な評価数値を持たず、評価方法の考え方・用語定義・測定の原則を定めています。他の Part はすべて Part 1 を土台として成り立っています。
Part 3(産業機械)が中小現場の主役
Part 3 は最も広範な適用範囲を持ち、対象機械は以下を含みます。
- 電動機(可撓性カップリング使用時)
- ターボコンプレッサ
- ファン・ブロワ(300 kW 超または剛支持のもの)
- 遠心分離機
- ギア装置付き機械(ギア自体の評価は Part 9)
除外されるもの(他 Part が適用):大型タービン・発電機(Part 2)、ガスタービン(Part 4)、水力発電機(Part 5)、往復動機械(Part 6)、ターボポンプ(Part 7)、レシプロ圧縮機(Part 8)。
4. 何を測るか──速度 RMS と軸変位の使い分け
ISO 20816 は 2 種類の測定量を使い分けます。
筐体振動速度(mm/s RMS)
非回転部(軸受ハウジング・ペデスタル) を測定します。単位は mm/s RMS(速度の実効値)です。
RMS(Root Mean Square:二乗平均平方根)は、振動のエネルギー強度を表す指標です。ピーク値よりも「継続的な振動の大きさ」を評価するのに適しています。
測定の周波数範囲は 10 Hz〜1000 Hz(精度±10%)が基本です。この帯域は、一般産業機械で問題になる振動の大半をカバーしています。
軸振動変位(μm peak-to-peak)
回転する軸そのもの を非接触式の近接プローブで測定します。単位は μm p-p(最大値と最小値の差)です。
軸振動は、特に大型機械(40 MW 以上のタービンなど)や、柔らかいロータを持つ機械で重要になります。小型・中型の一般産業機械では筐体振動速度で評価することが多いです。
| 測定量 | 対象部位 | 単位 | 主に使う Part |
|---|---|---|---|
| 振動速度 RMS | 筐体・軸受ハウジング | mm/s RMS | Part 3・8 など |
| 軸振動変位 | 回転軸 | μm p-p | Part 2・4・5 など |
5. 評価ゾーン(A/B/C/D)の読み方
ISO 20816 の核心が、4 段階の 評価ゾーン(Zone) です。信号機のように直感的に判断できるよう設計されています。
Zone A(緑)─ 新品・良好状態
↓
Zone B(黄)─ 長期運転可能・許容範囲
↓
Zone C(橙)─ 短期運転のみ可・早期対策が必要
↓
Zone D(赤)─ 危険・停止を検討
Zone の境界値(Part 3 の例)
Part 3 では機械を出力と支持形態によって 2 グループに分類します。
機械分類:
- Group I(大型機械):定格出力 300 kW 超
- Group II(中型機械):定格出力 15〜300 kW
支持形態:
- 剛支持(Rigid):設備の固有振動数 > 運転周波数の 2 倍
- 柔支持(Flexible):設備の固有振動数 < 運転周波数の 2 倍
| Zone | Group I・剛支持 [mm/s RMS] | Group II・柔支持 [mm/s RMS] | 運転判断 |
|---|---|---|---|
| A | 0〜2.3 | 0〜1.4 | 良好。そのまま運転継続 |
| B | 2.3〜7.1 | 1.4〜4.5 | 許容範囲。次の定期点検まで継続 |
| C | 7.1〜11.2 | 4.5〜7.1 | 要注意。早期に原因調査・補修 |
| D | 11.2 超 | 7.1 超 | 危険。運転停止を検討 |
注意:上記の数値は代表的な例です。正確な境界値は機械の出力・回転数・支持形態によって異なります。適用時は ISO 20816-3:2022 の Annex A(規範的附属書)を参照してください。
Zone 境界値の設定根拠
Zone の境界値は「理論計算」だけで決まったわけではありません。世界中の機械の運転実績データ、振動応力と疲労寿命の関係、製造者・運用者の長年の知見が統計的に積み上げられたものです。「現場の経験が規格に昇格した」という側面を持っています。
6. 二重評価基準──絶対値と変化量の両方で見る
ISO 20816 には、2 種類の評価基準(Criterion)があります。
Criterion I:絶対値基準
測定値を Zone 境界値と比較します。「今の振動レベルが Zone B か C か」を判定する基準です。設備の受け入れ試験や、初回点検時の基準設定に使います。
Criterion II:変化量基準
ベースライン(正常時の値)からの変化量 を評価します。絶対値が Zone B の範囲内でも、急に大きくなっていれば異常の兆候として扱います。
例)
ベースライン:2.0 mm/s RMS(Zone A)
今回測定値:3.5 mm/s RMS(Zone B・絶対値は許容範囲)
→ 変化量:+75% の急増
→ Criterion II では「要注意」と判断
重要なルール:Criterion I と Criterion II の、悪い方の評価を採用する。
絶対値だけ見て「Zone B だから大丈夫」と判断するのは不十分です。前回からの変化量も必ず確認することが、ISO 20816 の本来の使い方です。
7. SwRI との使い分け
振動の規格を調べると、よく「SwRI」という名前も出てきます。ISO 20816 との違いを整理します。
| ISO 20816 | SwRI | |
|---|---|---|
| 対象 | 回転機械(モーター・ポンプ・ファン等) | 配管の振動 |
| 測定量 | 速度(mm/s RMS) | 変位(mm または inch) |
| 評価方法 | Zone A〜D の4段階 | 評価線図(ODS/ASME 基準) |
| 主な用途 | 設備本体の健全性評価 | 配管のストレス・疲労評価 |
「ポンプの本体が大丈夫か」を見るなら ISO 20816。「ポンプ接続部の配管が大丈夫か」を見るなら SwRI。同じ「振動を測る」でも、対象が違います(SwRI の詳細は配管振動評価基準の選び方を参照)。
工場の現場では両方が必要になることもあります。回転機械から伝わる振動が配管に影響を与える場合、設備本体は ISO 20816、接続配管は SwRI で評価するという組み合わせが実務的です。
8. 現場での活用ポイント
最初に確認すること
- 対象機械の出力と回転数 → どの Part・どの Group に当てはまるかを確認する
- 支持形態(剛支持か柔支持か)→ 設備の固有振動数と運転周波数から判定
- 測定位置 → 軸受ハウジングを基本に、水平・垂直の 2 方向を測定
記録として残すべきもの
| 記録項目 | 目的 |
|---|---|
| 測定値(mm/s RMS) | 絶対値評価(Criterion I) |
| 前回測定値との差 | 変化量評価(Criterion II) |
| 測定位置・方向 | 再現性の確保 |
| 運転条件(負荷・回転数) | 条件変化の影響を排除 |
| 測定日時 | トレンドグラフの構築 |
トレンド管理との組み合わせ
ISO 20816 の Criterion II(変化量基準)を現場で実践するには、定期測定と記録の継続が前提になります。1 回だけ測っても「変化量」は分かりません。
月次・四半期ごとに測定し、同じ条件・同じ位置で比較することで、「Zone B に留まっているが徐々に上昇している」という傾向変化を捉えられます。傾向管理の具体的な方法は過去と比べて見えるもの──傾向管理と違和感の可視化を参照してください。
まとめ
ISO 20816 は「回転機械の振動をどう評価するか」の国際共通ルールです。保険会社の経験則(1939年)から始まり、VDI→ISO 2372→ISO 10816 と 80 年以上かけて積み上げられてきた規格体系が、現在の ISO 20816 に結実しています。
📌 この記事のポイント3つ
- ISO 20816 は ISO 10816(筐体振動)と ISO 7919(軸振動)を統合した現行規格。現場でよく使うのは Part 3(一般産業機械)
- 評価ゾーン A〜D で運転継続可否を判定。絶対値だけでなく「前回からの変化量」も必ず確認する(二重評価基準)
- SwRI は配管振動の基準、ISO 20816 は回転機械の基準。対象が違うので用途によって使い分ける
💡 明日から現場でできること
- 測定対象機械の出力を確認し、Part 3 の Group I か Group II かを調べる
- 過去の測定記録と今回の値を比較し、変化率(%)を計算してみる
- 許容値(Zone B/C 境界)を自分で確認し、現状の余裕がどれくらいか把握する
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