測定技術

スマホで振動測定はできる?──産業用センサーとの違いと、現場で見極めるべき限界

Wed Jun 24

スマートフォン内蔵の加速度センサーで振動が測れるという話を耳にすることが増えました。実際にどこまで使えるのか、産業用の振動測定器とは何が違うのかを整理し、現場で「使える場面」と「使えない場面」を見極める判断基準を解説します。


はじめに

前回の記事では、スマートフォンに内蔵されている加速度センサーの仕組みと、歩数計や画面の自動回転といった身近な使われ方を紹介しました。

そこで気になるのが、「では、このセンサーで実際に産業現場の振動測定はできるのか?」という点です。「測れる」という言葉だけでは、産業用の測定器と同じことができるのか、それとも全く別物なのかが分かりません。仕組みと限界を理解しないまま使うと、「これで規格を満たしているはずだ」という誤った安心や、逆に「スマホなんて使えない」という過小評価のどちらにも陥りかねません。

この記事では、スマートフォン内蔵センサーと産業用センサーがどこで差が出るのかを整理し、現場で「使える場面」と「使えない場面」を見極める判断基準を提供します。

この記事は、振動測定器の導入を検討している、または手元のスマートフォンで簡易的に振動を確認したいと考えている保全担当者の方に向けて書かれています。

💡 この記事で得られること

  • 産業用センサーとスマホ内蔵センサーの構造的な違い
  • 周波数範囲・ノイズレベル・固定方法で見る具体的な性能差
  • スマホ測定が「使える場面」「使えない場面」の判断基準
  • 測定するときに注意すべきポイント

1. 産業用センサーとの違い

産業用の振動測定で使われるセンサー(MEMS型・圧電式など)と、スマートフォン内蔵センサーを並べると、いくつかの観点で明確な差が見えてきます。前回の記事で見たとおり、スマートフォンの加速度センサーは画面の向きや歩数といった「ゆっくりした動き・大きな動き」の検知に最適化されており、振動診断で求められる検出性能は設計時の優先事項に入っていません。

項目スマホ内蔵センサー産業用センサー(測定専用)
周波数範囲数Hz〜数十Hz程度が実用域の目安、高くてもおおむね50Hz前後までとされることが多い(機種・OSのサンプリング制限による)MEMS型でDC〜1kHz、圧電式で0.5Hz〜50kHz程度まで対応
ノイズレベル高め(測定用途を想定していないため)低い(測定専用に設計・選別)
校正・精度保証校正なし。機種ごとの個体差・経年差も不明メーカーによる校正証明書付きが一般的
固定方法ハンドヘルド(手で押し当てる)方式が中心スタッド固定・磁石・接着など、再現性の高い固定方法を選べる

最大の違いは、測定環境を自分でコントロールできるかどうかです。 産業用センサーでも、ハンドヘルド(手で押し当てる)方式を選んだ場合は周波数範囲がDC〜1kHz程度に制限されることが知られています。つまり「手で持って測る」という固定方法そのものが、性能を一段階制限する要因になります。スマートフォンは構造上ハンドヘルドでしか使えないため、この制限を常に受けることになります。さらにセンサー自体の設計も高周波測定を想定していないため、スマホ測定には二重の制約がかかっていると考えられます。

たとえるなら、料理の温度を測るときに、毎回同じ深さ・同じ角度で温度計を入れるか、その都度適当に挿すかの違いです。前者は再現性のあるデータが取れますが、後者は「今日は高かった」「今日は低かった」という変化が、本当の温度変化なのか挿し方の違いによるブレなのか区別できません。振動測定における固定方法の違いも、同じ構造の問題を生みます。

どこまでソフトウェアで近づけられるか

校正や信号処理を工夫したソフトウェアであれば、内蔵センサーの個体差・固定方法のブレをある程度補正し、低周波域での実用性を上げることはできます。ただし、補正できる範囲には原理的な天井があります。

ISO 20816が評価対象とする筐体振動速度の周波数帯は10Hz〜1000Hzに及びます。一方、スマホ内蔵センサーの実用域は前述のとおり数十Hz、高くても50Hz前後が目安です。つまりスマホで捉えられるのは、規格が要求する帯域のうち下の一部にすぎません。

周波数帯で見る「届く範囲」と「届かない範囲」を示す対数軸の比較図。スマホ内蔵センサーの実用域は1Hz〜50Hz程度、ISO 20816の評価帯域(筐体振動速度)は10Hz〜1000Hz、ベアリング異常が現れる帯域は1000Hz以上であり、スマホの実用上限(目安約50Hz)を境に規格が要求する帯域の大部分が範囲外になることを示す
周波数帯で見る「届く範囲」と「届かない範囲」を示す対数軸の比較図。スマホ内蔵センサーの実用域は1Hz〜50Hz程度、ISO 20816の評価帯域(筐体振動速度)は10Hz〜1000Hz、ベアリング異常が現れる帯域は1000Hz以上であり、スマホの実用上限(目安約50Hz)を境に規格が要求する帯域の大部分が範囲外になることを示す

回転数の低い設備であれば話が変わってきます。回転1次成分はf=回転数[rpm]÷60で決まるため、たとえば1,800rpmで運転する設備なら30Hz、3,000rpmでも50Hzとなり、アンバランスのように1X成分が支配的な異常はかろうじてスマホの実用域に収まることがあります。しかし、ミスアライメントで現れる2X・3Xの倍調波や、軸受の傷で生じるベアリング異常(初期段階では1,000Hz以上の高周波帯に分布することもあります)は、スマホの実用域を大きく超えてしまいます。

ここで重要なのは、この上限はソフトウェアの工夫では超えられないという点です。スマートフォンの加速度センサーは、歩数計や画面回転といった用途のために、センサー自体やOSの設計段階で高周波成分をあらかじめ抑える処理が組み込まれていることが多く、サンプリングレートも低周波の動き検知を前提に設計されています(サンプリング周波数とナイキスト周波数参照)。一度フィルタやサンプリング制限で切り落とされた高周波成分は、後からどれだけ精度の高い校正・信号処理を行っても復元できません。これは「ソフトウェアの作り込みが甘い」という問題ではなく、ハードウェアの設計段階で生じる情報の欠落だからです。

まとめると、ソフトウェアで近づけられるのは低周波域(目安として数十Hz、回転数の低い設備の1X成分が収まる範囲)の傾向把握までです。規格が要求する帯域全体をカバーすることはできず、特に1,000Hzを超えるような高周波の異常は、原理的に検出範囲の外にあります。


2. 「使える」場面・「使えない」場面

スマホ内蔵センサーの特性を踏まえると、向いている使い方と向いていない使い方がはっきり分かれます。

✅ 使える場面

  • 大きな振動の「有無」を確認する一次チェック(明らかに揺れが大きいかどうかの把握)
  • 異常の傾向を継続的に追うための、ごく簡易的な記録ツール
  • 振動測定そのものに初めて触れる人が、感覚をつかむための入門用途

❌ そのままでは届かない場面

  • ISO 20816やSwRIなど、規格に基づいた合否判定(規格が要求する周波数帯域[例:ISO 20816の筐体振動速度は10Hz〜1000Hz]の大部分を、内蔵センサーでは原理的に捉えられない。規格に対応させるには校正・補正処理も必要だが、帯域そのものが足りないことが先に問題になる)
  • 軸受の損傷など、高周波帯(初期段階で1,000Hz以上に分布することもある)に現れる異常のFFT診断(スマホの実用域を大きく超えるため、そもそも信号が記録されていない)
  • 保全記録として社内・取引先に提出する公式なデータ(測定条件・周波数帯域の両面で規格を満たせない値は、そのままでは記録としての信頼性を担保しにくい)

ここで一つ覚えておきたいのが、測定器の精度がどれであっても、「記録する・溜める・比較する」という基本姿勢は変わらないということです。スマホで測った値であっても、毎回同じ条件(同じ場所・同じ持ち方)で測り続けて記録を残せば、「いつもと違う」という変化には気づけます。1回測って「大丈夫そうだった」で終わりにするのではなく、定期的に測って記録を積み重ねることが、どんな測定器を使う場合でも振動管理の土台になります。

逆に言えば、内蔵センサーをそのまま使う一次チェックとしての価値は、「規格に基づく合否判定」ではなく、「気づきのきっかけを作ること」にあります。この役割の違いを理解しておくことが、過信も過小評価も避ける鍵になります。


3. 測定するときの注意点

スマホで簡易的に振動を確認する場合でも、いくつかの注意点を守ることで、ブレの少ないデータに近づけられます。

よくあるのが、こんなケースです。 同じ設備を同じ人が測っているのに、測定するたびに値が大きく変わってしまう。原因を確認すると、測るたびに持ち方や押し当てる場所・角度が微妙に違っていた──というケースです。これは測定器の性能の問題ではなく、測定条件が揃っていないことが原因です。

  • 測定位置を固定する:毎回同じ位置で測る。可能であれば設備に印をつけるなどして位置のズレを防ぐ
  • 押し当てる力加減を一定にする:強く押しつけるか軽く触れるかで値が変わるため、できるだけ同じ力加減を心がける
  • 測定方向を意識する:3軸のうちどの方向の値を見ているかを毎回確認する。方向が変わると別のデータになる
  • 短時間でも複数回測る:1回だけでなく数回測って値のばらつきを確認する。ばらつきが大きい場合はハンドヘルドによるノイズの可能性が高い
  • 測定環境のメモを残す:測定日時・測定位置・持ち方などをあわせて記録しておくと、後で値がぶれた原因を振り返りやすい

4. よくある誤解と注意点

誤解1:スマホで「正常」と表示されれば、設備は規格上も問題ない → 正解:スマホ内蔵センサーは、そのままでは校正されておらず、規格が前提とする測定条件(センサーの種類・固定方法・周波数応答)を満たしていません。校正・補正処理を加えれば低周波域の傾向把握には近づけられますが、規格が要求する周波数帯域全体(ISO 20816なら10Hz〜1000Hz)をカバーすることはできず、高周波側はそもそも信号自体が記録されていません(許容値の決め方参照)。

誤解2:スマホは性能が低いので、振動管理には使い物にならない → 正解:内蔵センサーをそのまま使う一般的な方法では規格判定や精密診断には届きませんが、「いつもと違う変化に気づく」という一次チェックの役割は十分に果たせます。性能の限界を理解した上で用途を絞って使えば、現場の助けになります。


まとめ

スマートフォン内蔵のMEMS加速度センサーは、産業用の振動測定センサーと同じ大分類に属しますが、設計の優先順位がまったく異なります。校正・補正処理を加えるソフトウェアがあれば、低周波域(回転数の低い設備の1X成分が収まる程度)の傾向把握には近づけられますが、ISO 20816が要求する10Hz〜1000Hzのような帯域全体をカバーすることはできず、高周波の異常はそもそも信号自体が記録されていません。一方で、「大きな変化への気づき」を得るための一次チェックとしては十分に活用できます。

📌 この記事のポイント3つ

  1. スマホ内蔵センサーはMEMS型だが、振動測定用には設計されていない
  2. ソフトウェアで補正しても低周波域までしか近づけられず、高周波の異常はハードウェアの段階で情報が失われている
  3. 「気づきのきっかけ」としての一次チェック用途であれば十分に役立つ

💡 明日から現場でできること

  • スマホで測る場合は測定位置・力加減・方向をできるだけ揃える
  • 測定値だけでなく測定条件(位置・持ち方)もあわせてメモに残す
  • 精密な判定が必要な箇所は、専用の測定器の導入を検討する

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