測定技術

振動データの傾向管理をエクセルで実践する──移動平均としきい値の作り方

Thu Sep 24

生の測定値が週ごとに上下してどこから異常か判断しづらい折れ線グラフ(ビフォー)と、同じデータに3点移動平均を重ねてしきい値ラインとともに傾向が明確になった折れ線グラフ(アフター)を左右に並べた図

過去と比べて見えるもの──傾向管理と違和感の可視化で解説した傾向管理の考え方を、実際にエクセルだけで実践する手順に落とし込みます。移動平均の計算からしきい値による自動アラートまで、具体的な数値例で再現できるように整理しました。


はじめに

振動測定の値は1回だけ見ても「異常かどうか」の判断が難しく、過去との比較(傾向管理)が欠かせません。とはいえ、「専用の管理ソフトがないと傾向管理はできない」と思い込んでいないでしょうか。

実は、多くの現場で既に使われているエクセルだけで、移動平均の計算・グラフ化・しきい値によるアラート表示まで一通り実践できます。この記事では、具体的な数値例を使いながら、実際に手を動かして再現できる手順を解説します。

この記事は、過去と比べて見えるもの──傾向管理と違和感の可視化で傾向管理の考え方は理解したうえで、「では実際にどう記録・計算すればいいのか」という次の一歩に悩んでいる保全担当者の方に向けて書かれています。

💡 この記事で得られること

  • 測定値の記録に最低限必要な列構成
  • 折れ線グラフで変化を「見えるようにする」具体的な作り方
  • 移動平均でノイズと本当の変化を見分ける計算手順
  • しきい値をもとに条件付き書式でアラートを自動表示する方法

1. なぜ専用ソフトがなくても傾向管理はできるのか

傾向管理に必要な作業は、突き詰めると次の3つだけです。

作業エクセルでの対応機能
測定値を時系列で蓄積する表(シート)への入力
変化を目で見えるようにする折れ線グラフ
変化の大きさを自動で判定する数式+条件付き書式

どれもエクセルの標準機能で完結し、マクロやアドインは不要です。専用の保全管理ソフトが提供する価値は、複数設備・複数拠点のデータを一元管理したり、測定と記録を自動で結びつけたりする「規模の経済」の部分にあります。一方、1台〜数台の設備を対象に、自分の目で変化を追いたいだけであれば、エクセルの方が導入の手間なく今日から始められます。


2. 記録シートの設計:最低限必要な列

まず、測定値を記録するシートを用意します。最低限必要なのは次の4列です。

内容
測定日測定した日付2026-06-05
測定値速度振動RMS(mm/s)0.62
測定箇所設備名・部位○○ポンプ 軸受側
備考測定時の状況通常運転中/メンテナンス直後 など

よくあるのが、測定日と測定値の2列だけで済ませてしまうケースです。 半年後に見返したとき、「この日だけ数値が高いのはなぜだったか」を思い出せず、ノイズなのか異常の兆候なのか判断できなくなります。備考欄に「メンテナンス直後」「高負荷運転中」のような一言を残しておくだけで、後から見返したときの判断材料になります。

測定箇所は、設備が複数ある場合は必ず分けて記録してください。異なる設備・部位のデータを1列にまとめてしまうと、次章以降のグラフ化・移動平均の計算がすべて破綻します。


3. 折れ線グラフで見えるようにする

測定値の列を選択し、「挿入」→「グラフ」→「折れ線」を選ぶだけで、時系列の変化が一目で分かるようになります。

ここで意識したいのは、縦軸の範囲です。エクセルは既定で「データの最小値〜最大値」に合わせて縦軸を自動調整するため、実際にはわずかな変化でもグラフ上では大きく揺れているように見えることがあります。縦軸の最小値を0(または想定される正常範囲の下限)に固定すると、変化の大きさを実際のスケール感で捉えられます。


4. 移動平均でノイズと本当の変化を見分ける

4.1 なぜ生の測定値だけでは判断を誤るのか

仮に、こんな状況を考えてみてください。 あるポンプの軸受振動を週1回測定し、次のような結果が得られたとします。

測定値(mm/s)
1週目0.62
2週目0.70
3週目0.69
4週目0.95
5週目0.78
6週目1.10
7週目1.02
8週目1.25

1〜3週目は0.62〜0.70 mm/sで安定していたため、この平均(約0.67 mm/s)を「ベースライン」とします。ところが4週目に0.95 mm/sへ急上昇し、ベースライン比で約42%増((0.95−0.67)÷0.67)となりました。「これは異常の兆候だ」と対応を検討し始めたところ、5週目には0.78 mm/sまで下がり、ベースライン比は約16%増まで戻ります。結局4週目の上昇は、一時的な運転条件のブレ(ノイズ)だったと分かります。

これが、生の測定値だけを見て一喜一憂すると起きる典型的な誤判定です。

4.2 体重計と同じ発想で考える

これは、体重計の数値と似ています。毎日体重計に乗ると、前日の食事や水分量の影響で1kg前後は簡単に上下します。この日々の増減に一喜一憂するのではなく、1週間分の平均を見て「増えている/減っている」を判断する方が、実態に近い傾向をつかめます。振動データも同じで、1回の測定値の増減ではなく、複数回分の平均(移動平均)で傾向を見ることが重要です。

4.3 移動平均の計算手順

エクセルでは、AVERAGE関数を使って直近3回分の平均を計算します。測定値がB列(B2セルから)に入力されているとすると、C4セルに以下の数式を入れ、下方向にコピーします。

=AVERAGE(B2:B4)

先ほどの8週分のデータに、この3点移動平均を当てはめると次のようになります。

測定値(mm/s)3点移動平均(mm/s)ベースライン比
3週目0.690.670%(基準)
4週目0.950.78約16%増
5週目0.780.81約21%増
6週目1.100.94約40%増
7週目1.020.97約45%増
8週目1.251.12約67%増

移動平均で見ると、4週目の一時的な急上昇はほとんど反映されず(ベースライン比約16%増にとどまる)、代わりに6週目以降に本当の上昇傾向が現れているのが分かります。生の測定値だけでは4週目の一過性の変化に反応してしまいますが、移動平均を使うことで、ノイズに惑わされず継続的な変化だけを捉えられます。

📎 移動平均の「点数」(何回分の平均を取るか)は、測定頻度によって調整してください。週1回の測定なら3点(3週分)、月1回の測定なら3〜6点(3〜6ヶ月分)が目安です。点数を増やすほどノイズは減りますが、変化への反応も遅れるため、測定頻度とのバランスで決めます。


5. しきい値ラインと条件付き書式でアラートを自動化する

移動平均でベースライン比を計算できたら、次は「どこからが注意信号か」をあらかじめ数値で決めておきます。ISO 20816に沿った評価、何から始める?で紹介したとおり、「ベースラインから+25%で注意」「+50%で警戒」のような目安を自社の基準として設定しておくと、日々の判断がぶれません(この数値は規格で定められた固定値ではなく、現場で運用しやすくするための目安です)。

先ほどの8週分の例にこの基準を当てはめると、6〜7週目が「注意」、8週目が「警戒」に該当します。

エクセルでは、ベースライン比を計算した列(D列とします)に条件付き書式を設定することで、しきい値を超えたセルを自動で色分けできます。

  1. D列のセル範囲を選択する
  2. 「ホーム」タブ→「条件付き書式」→「新しいルール」→「数式を使用して、書式設定するセルを決定」を選ぶ
  3. 「注意」用に=D2>=0.25と入力し、黄色で塗りつぶすルールを設定する
  4. 同様に「警戒」用として=D2>=0.5と入力し、赤色で塗りつぶすルールを追加する

これで、新しい測定値を1行追加してベースライン比を計算するだけで、しきい値を超えた瞬間にセルが自動で色付きになり、見逃しを防げます。


6. よくある間違いと注意点

誤解1:ベースラインは一度決めたら変えない → 正解:ベースラインは、オーバーホール直後や長期停止後の再起動時など、設備の状態が大きく変わったタイミングで見直す必要があります。古いベースラインのまま比較を続けると、正常な新しい状態を「異常」と誤判定してしまいます。

誤解2:移動平均の点数は多いほど正確 → 正解:点数を増やすとノイズは減りますが、その分だけ変化への反応が遅れます。異常の兆候に早く気づきたい場合は、点数を絞って(3点など)反応の速さを優先する判断も必要です。


まとめ

振動データの傾向管理は、専用ソフトがなくてもエクセルの標準機能だけで実践できます。①測定日・測定値・測定箇所・備考を記録するシートを用意し、②折れ線グラフで変化を見えるようにし、③移動平均でノイズと本当の変化を見分け、④しきい値と条件付き書式でアラートを自動化する——この4段階を積み重ねることで、感覚に頼らない判断の仕組みが作れます。

📌 この記事のポイント3つ

  1. 測定日・測定値・測定箇所・備考の4列を最低限記録する
  2. 生の測定値だけでは一時的なノイズに惑わされる。3点前後の移動平均で本当の傾向を見分ける
  3. ベースラインからの変化率にしきい値(例:+25%注意・+50%警戒)を決め、条件付き書式で自動アラート化する

💡 次にできること

  • 過去の測定記録を、測定日・測定値・測定箇所・備考の4列で整理し直してみる
  • 直近数回分の測定値から3点移動平均を計算し、折れ線グラフに重ねて表示してみる
  • 自社のベースラインと、注意・警戒のしきい値を数値で決めておく

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